2026/03/08

Day8:自分にとどまる---気づきの21日間


21Daysの瞑想が始まりましたね。
瞑想のなかで私たちは、さまざまな形で自分の中心と繋がることを体験すると思います。
Oshoのアクティブ瞑想は多彩なカタルシスや動きをくぐるなかで自然とサイレンス、中心に定まる状態に誘ってくれる本当にありがたい、よくできた瞑想ですよね。
その生き生きとした感じ、静けさを一日中、24時間たずさえていなさい、とOshoは言います。

とはいえそこが難しいところだったりしますよね。
生活は外に向かう機会に溢れています。
スマホを開けば、思わずタップしてしまう何か、スクロールし続けてしまう何か。
掃除をする、歩く、運転をする、料理をする、何か行為に入ればそれに没入してしまう。
人と関わると、知らず知らずのうちに注意やエネルギーが相手に向かっている。
千とひとつの、外に漏れ出すチャンス、ホームを見失う機会に囲まれて、私たちは暮らしています。

何かをするのだけど、中心にとどまる。

ARUNはその練習をしているな~と思うのです。

セッションは必ずニュートラルタッチからはじまります。
友達のからだにやさしく手を置き、友達を感じ、そして自分自身を感じます。
相手にぎゅーっと意識が向かいすぎるとそれは緊張になるし、ジャッジや比較も生まれてくるかもしれません。
ただあるがままを見て、受け止めて、そして自分自身にくつろいでいる。
そんなタッチは、何もしなくてもそれだけで、それは心地よく、何かが解けていくような至福の時間です。

そこから、いろんな動きに入っていくんですね。

ARUNのタッチは多彩!
ムーブメント、ロッキング、ディープなタッチやストレッチ、、
トレーニンググループではその時々、Anubuddhaから伝えられた最新の手技も披露されます。

新しいことに、マインドは引き寄せられます。
動きに夢中になり、相手に夢中になり、そしていつの間にか自分を見失う。
そうなると、何かは起こっているけれど、何も伝わっていかない。
愛も意識もどこかにいってしまって、ARUNではなくなっている。
そんなとき、ラサタやカマラの語りかけは優しく私たちを自分自身へと引き戻してくれます。
ARUNてその繰り返し、その練習だな~と思うのです。

動く禅、動く瞑想。

それが身についていくことは、セッションを豊かにするし、
ふだんの暮らしや仕事のあり方、関係性も豊かにしてくれるな~としみじみ感じます。

プーナで「黄金の華の秘密」というOshoの本に接する機会がありました。そのなかの言葉です。

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人はこの複雑なゲームを学ばなければならない。
人は行為しなければならないが、やり手になってはいけない。
人はあたかも神の道具として働いているかのように行為しなければならない。
人は行為しながら、しかも無我の状態にとどまらなければならない。
行動し、対応しながら、しかも落ち着きを失ってはいけない。



これが完全な人間だ。
彼の魂はくつろいでいる。
彼の中心は完全に穏やかだ。
彼の周辺は活動し、世間の千とひとつのことを行なっている。
これが私のサニヤシンの概念だ。
だから私は「世間を捨ててはいけない、世間にとどまりなさい」と言う。
世間のなかで行為し、やらねばならないことはすべてやりながら、
しかも泰然とし、超然とし、触れられずに、池のなかの蓮のようでありなさい。
「黄金の華の秘密」Osho

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今日は、何かをするとき、
自分自身にとどまっている、
というのを試してみませんか?

最初は簡単なことで。

歯みがきをする、シャワーを浴びる、服を着替える
そうしながら、たとえば自分のハラを感じている、足裏を感じている、
どんな感じがやってくるでしょうか?

愛を込めて
アディプリヤ